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無理やり退職届を書かされた事例 ー 労働紛争解決方法

 



私の勤務する会社で実際にあった事例。

 

 

 ある日、Aさんが会社の業務で自動車を運転していたところ、バイクとの接触事故を起こした。この事故はAさんの不注意によるものであったが、(運よく)相手の運転手にはケガはなく、相手方のバイクに軽い損傷を生じさせただけであった。

 

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 このAさんはここ2年間は業務中の運転において交通事故を引き起こしておらず、普段の勤務態度に特に問題はみられなかったし、会社で行う健康診断においても特に異常はない。しかし、普段の生活をみると、頻繁に転んでケガをするなど少しおっちょこちょいな部分は散見された。

 

 そこで会社は、おっちょこちょいなAさんが大事故を起こす前に、この事故を口実にしてAさんを退職に追い込むことにしたのである。

 

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 Aさんを密室に連れていき、Aさんにはこれ以上、勤務させることはできない旨を繰り返し告げて、退職届を書くように迫り、さらに退職届に記載する退職理由は「一身上の都合」とするよう指示した。Aさんは退職の意思はないと主張しそれらを拒否したが、密室で何度も退職を迫られたため、やむなく一身上の都合で退職する旨の退職届を書いて提出したという

 そしてその退職届を受け取った会社は、異例の早さでAさんの退職手続を行った

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 その翌日、わたしはAさんから電話を受けた。その電話の中でAさんは、その退職届は無理やり書かされたものであって自分の意思ではないから、なんとかして退職をひっくり返せないか、という。その電話の後、私は上司に相談したのであるが、会社としてはAさんの主張を無視する判断をし、全く取り合わおうとしなかった。さらに後日、どうしても職場復帰したいAさんは会社にやってきて社長に直談判したが、やはり取り合ってもらえなかった。

 

 

<解決方法の例>

①泣き寝入り

 労働者が損をして使用者が得をする悔しい解決方法であるが一番早い。

 

②(通常の)裁判

 最終的・強制的な紛争解決に有効であるが面倒くさい。特に証拠(無理やり退職届を無理に書かされた時の音声や、会社がAさんに退職の意思がなかったことを知っていたことの証拠など)がないと厳しい。

 

③行政機関の利用 ー 労働基準監督署

 労働行政で一番思い浮かぶのは「労働基準監督署」。しかし、この事例ではAさんの意思表示(退職届)の有効性について争われている。そうすると民事上の紛争解決が仕事ではない監督署が役に立つ場面ではないようにみえる(監督署は法令違反をチェックすることが仕事)。

 

④行政機関の利用 ー 労働局(あっせん手続など)

 「あっせん」はあっせん委員が労働者と使用者の間に入り話し合いを促進して、紛争を解決しようというものである。法令違反に限らず、今回のような民事上の紛争にも利用できる。しかし、使用者が労働局からあっせん手続開始の通知を受けても、その手続きに参加することを強制されるわけではないし、単なる話し合いなので紛争が解決されるとも限らない。

 

労働審判

 裁判所の手続きであるが、(通常の)訴訟ほど厳格な手続きで行われるものではない(ややラフな手続き)。労働審判委員とよばれる人たちが調停を試みて、不調に終わっても当事者の主張や提出された証拠をもとに紛争解決方法が「労働審判」という形式で示される。

 手続きは3回以内の期日で終了し、証拠調べなども通常の訴訟手続きより(かなり)ラフなので迅速な紛争解決が期待できるが、当事者は労働審判に対しては「異議」を申し立てることができ、その場合は労働審判はその効力を失い、通常の訴訟に移行する。

 

以上をみると、

 

手続の簡単さ・費用の安さ

 ① > ③ > ④ > ⑤ > ②

最終的な紛争解決への期待

 ② > ⑤ > ④ > ③ > ①

 

といったところであろうか。

 

 私はAさんに、上記のようなさまざまな方法があるから自分で調べてやってみることをすすめたところ、Aさんは労働局にあっせん手続の申請を行ったようであった。そして手続きが開始され、会社には労働局から手続き開始の通知が届き大慌てとなり、私は会社の中でおもしろおかしく見物させていただいた。

 

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 結局、会社はあっせん手続きに参加して、Aさんに対して解雇予告手当相当額(1か月分の給与)を支払って解決させたようであるが、Aさんの復職はかなわなかった。Aさんは高齢であったこともあり、この際、退職してもいいと考えを新たにしたようであった。

 しかしよく考えると、そのような解決方法を会社がとったところをみると、これは無理に退職届を書かせてAさんを退職に追い込んだことを会社が自ら認めたのと同じであろう。

 

そうすると、Aさんの退職は本当に「自己都合退職」といえるのか?